【解決事例】難しい遺産分割——猛暑の中のアポなし訪問と1通の「アナログな手書きの手紙」での解決事例
2026/08/21
相談者: Aさん(船橋市在住・50代男性)
被相続人: Aさんの妻(沖縄県出身・子供なし)
遺産概要: 妻名義の預金口座(約600万円)
相続人: 夫(Aさん)および妻のご兄弟姉妹6名(計7名)
1. ご相談の背景:夫婦で築いた財産と、立ちはだかる相続の壁
船橋市にお住まいでN県ご出身ののA様は、赴任先のY県で、長年連れ添われた奥様を亡くされました。お二人のお間にはお子様がおられませんでした。
お気持ちの整理もつかないまま直面したのが、亡くなられた奥様名義の預金口座(約600万円)の相続手続きです。実はこの預金、もともとはAさんがご自身の働いた資金から妻名義で作成し、夫婦の将来のためにコツコツと蓄えてきたものでした。実質的には「夫婦共通の資産」あるいは「A様ご自身の資産」という思いが強いものでした。
しかし、名義が奥様である以上、金融機関にとっては立派な「被相続人の遺産」です。「自分が貯めたお金なのだから」と主張しても、銀行は名義どおりの厳密な手続きを求めます。当然、身勝手に口座を解約することはできず、法定相続人全員による合意(遺産分割協議)あるいは必要な書類の取り交わしが必要不可欠となりました。
2. 相続人の状況と、過去のトラウマ
今回の相続における法定相続人は、夫であるAさんと、沖縄県出身である奥様の兄弟姉妹6名の、合計7名でした。法定相続分は、夫であるA様が4分の3、ご兄弟6名が残りの4分の1(一人あたり24分の1)ということになります。
兄弟姉妹の住まいは、沖縄県に3名、東京都内に3名と分散していました。
ここで大きな問題となったのが、過去にご兄弟の間で発生した「別の相続トラブル」でした。 数年前、奥様のお父様が亡くなられた際、沖縄に残された土地の相続を巡って親族間で争いが発生しました。その結果、遺産分割調停へともつれ込み、解決までに2年以上の歳月を要しました。
なぜそれほど長引いたのか——。それは、ご兄弟6名のうち「たった一人」が遺産分割案に頑なに反対し続けたからでした。
今回、奥様が亡くなられたことで、再びその「反対したご兄弟(以下、Bさん)」が相続人として関わってくることになります。Aさんは、「またあの時のような争いになるのではないか」「手続きが永久に終わらないのではないか」と、ご相談にお越しになりました。
3. 暗雲:トラブルの影に隠れた「本当の事情」
Bさん義自身はは、本来とても優しく穏やかなお人柄でした。しかし、過去の調停でもめ事の原因を作っていたのは、Bさんと同居する内縁の妻(中国人女性)の存在でした。内縁の妻が権利関係に非常に過敏であり、Bさんに対して強く口を挟むことで、話を必要以上に大きく複雑にしていたのです。
当事務所で手続きを引き受け、まず他のご兄弟6名様と連絡を取りました。幸いにも、事前にご長男が「一名を除いて兄弟姉妹は相続分をAさんに譲渡する」との文書を残されており、これにより、5名の「相続分譲渡証書」はスムーズに回収することができました。
しかし、予想通り、最後の1人であるBさんからの譲渡証書は回収できず、作業は完全にストップしてしまいました。
電話をかけても出ず、手紙を送ってもリアクションがない。あっという間に半年以上の月日が流れてしまいました。このまま放置すれば、Aさんのお気持ちも疲弊し、いつまで経っても口座の凍結を解除できません。
4. 猛暑のS市へ——直面した思わぬ事態
「書類の郵送だけでは、これ以上前に進まない」
そう判断した私は、Bさんが暮らしているとされる神奈川県S市まで、直接足を運ぶことにいたしました。その日は最高気温が35度を超える猛暑日。汗をぬぐいながら、Bさんの自宅へと急ぎました。
しかし、現地に到着して愕然としました。 Bさんのご自宅はもぬけの殻で、すでに別の場所へ引っ越された後だったのです。近隣での聞き込みも手がかりが得られず、私は途方に暮れました。アポなしでの訪問とはいえ、唯一の足がかりを失った瞬間でした。
5. 解決の糸口となった「一通の手書きの手紙」
事務所に戻った私は、最後の手段を講じることにしました。郵便の転送サービスが生きている可能性に賭け、旧住所宛てに「1通の手紙」を送ることにしたのです。
私が相続手続きで心がけているのは、紛争や音信不通になりかけた時こそ、事務的な書類ではなく、心を込めた「自筆(手描き)の手紙」を送ることです。
パソコンで印刷した無機質な通知文は、相手に警戒心を与えます。特に今回のケースでは、背後に権利関係に敏感な内縁の妻が控えています。専門用語が並んだ堅苦しい書類を見れば、「何か騙されるのではないか」と態度を硬化させる恐れがありました。
そこで私は、便箋を取り出し、心を込めて手書きで手紙をしたためました。
文面で伝えたのは、難しい法律論ではありません。 「Bさんに割り当てられた法定相続分である、預金の24分の1を受け取っていただくだけなのです」という内容です。
6. 計算された「喫茶店での面会」
手紙を投函してすぐにBさんより電話がありました。「幸いにも」私の手紙は内縁の妻の目にとまることが無く、私の意図がしっかり伝わり、Bさんの警戒心は完全に解けていました。Bさんは手続きに応じることを快諾してくださったのです。
ここからが、最後の重要なポイント(ミソ)でした。
B様のご自宅で手続きを行ったり、現金の授受を行ったりすると、同居している内縁の妻が割って入り、再び話が紛糾するリスクが極めて高い状況でした。せっかく解けた警戒心が、再び攪乱されてしまっては元も子もありません。
そこで私はBさんのご自宅ではなく、「B様の自宅近くにある喫茶店」をご指定し、そこでお待ち合わせをすることにいたしました。
当日は、事前にAさんの了解を得て(「これが最後のチャンスになるかもしれないと伝え」)Bさんがお受け取りになるべき現金(法定相続分に相当する額)を直接お持ちし、静かな喫茶店でお会いしました。第三者の目が適度にある落ち着いた環境の中で、Bさんはお一人でリラックスして話を聞いてくださり、終始穏やかな雰囲気の中で無事に書類へのご署名・ご捺印と、現金の受け渡しを完了、領収書の受領もすることができたのです。
7. 事例を振り返って
ご相談から解決まで、1年以上の歳月を要した長丁場の案件でした。 無事にすべての手続きが完了し、預金の解約ができたことを報告した際、A様は晴れやかな笑顔でこう仰ってくださいました。
「江川さん、本当にありがとうございました。妻も喜んでいますよ」
相続手続きの現場では、時として法律の知識やマニュアル通りの事務処理だけでは解決できない「人感情のつれあい」が生じます。特に連絡が取れなくなったり、感情的なもつれから調停・裁判に発展しそうになったりした際、最後にあたたかな突破口を開くのは、やはり「人対人の心の通い合い」です。
たった一通の手書きの手紙が、頑なになっていた相手の心を解き、円満な解決へと導いた典型的な事例となりました。
親族間の過去の経緯や、複雑な人間関係から「もう手続きが進まないかもしれない」とお悩みの方も、諦めずにぜひ一度ご相談ください。状況に応じた最適なアプローチで、ご遺族の皆様が納得できる解決への道を一緒に探してまいります。