遺言書が2通見つかった ― 有効・無効の判断と実際の解決例
2025/12/01
相続の現場で意外と多いご相談が、「遺言書が複数見つかった」というケースです。特に自筆証書遺言は、書いた本人が保管や管理を適切にしていない場合、古い遺言や修正版の遺言がそのまま残ってしまうことがあります。複数の遺言があると、相続人同士で「どちらが有効なのか」を巡って争いが起きやすく、遺産分割が長期化しやすい典型的なパターンです。
本記事では、自筆証書遺言が2通見つかり、内容が異なるために揉めかけた家族が、適切な手続と法的判断により円満に解決した事例を、実務的に分かりやすく解説します。
■1 相談者の状況:2通の遺言書が見つかり、家族の意見が割れる
相談者は習志野市に住む40代の長女でした。亡くなった父の遺品整理の際、別の日付で書かれた自筆証書遺言が2通見つかったのです。
●遺言A(平成30年)
財産は妻が全て相続
子ども2名には「母亡き後にすべてを均等に」という趣旨
シンプルな内容で、文字は丁寧で読みやすい
署名・押印あり、日付明記
●遺言B(令和4年)
自宅土地建物:長女に相続
預貯金:長男に相続
妻への相続分の記載はない
文面は丁寧だが、追記のように見える部分あり
捺印はあるが日付の数字に不自然な修正痕が見られる
この2通は内容が大きく異なり、特に遺言Bは日付部分の修正が怪しく、「父本人が修正したものか?」という疑問が家族内で起きていました。
家族の主張
長女:遺言Bを有効にしてほしい(自宅を相続したい)
長男:遺言Aが本物だと思う。遺言Bは疑わしい
母:そもそも妻である私の相続分が抜けているのはおかしい
このままでは家庭内がこじれかねない状況のため、「遺言の有効・無効の判断をしてほしい」と当事務所に相談がありました。
■2 複数の遺言書が見つかった場合の基本ルール
法律上、複数の遺言書がある場合は、
最も新しい日付の遺言が有効(前の遺言を撤回する)
というルールがあります。
しかし、これはあくまで「両方が有効な遺言であること」が前提です。
遺言の有効性には次の要件があります。
●自筆証書遺言の方式
日付
氏名
押印
内容全文が本人の自書
さらに、追記や加筆の場合は「本人が書いたと認められるか」が重要です。
遺言Bの疑問点は次の3点でした。
日付が書き直された痕跡がある
妻への相続分が完全に抜けている
文字の一部が以前の筆跡と異なる
この段階で、遺言Bの有効性には疑義がある状況です。
■3 専門家が行った調査:筆跡・日付・遺言の成立状況
当事務所では、以下のような段階を踏んで検証を行いました。
▼(1)遺言者の筆跡の比較
遺言A・Bの筆跡を詳細に比較。
文字の形は似ている
しかし、遺言Bは「日付の数字」が不自然に太い
数字の筆圧・線の角度が本文と明らかに異なる
数字部分だけ採筆時期が違う可能性が高い
結論:
日付部分の数字のみ、誰かが後から修正した可能性が完全には否定できない
▼(2)本人が遺言を作成した状況の確認
家族にヒアリングしたところ、
令和4年当時、父は入退院を繰り返していた
手の震えが強く、細かい字を書くのが苦手になっていた
同居していた長女が父の身の回りをサポートしていた
これらの状況から、
遺言Bは長女が強く慫慂(しょうよう)して書かせた可能性もゼロではない
という疑念も考えられました。
▼(3)遺言の全文が本人の字かどうか
本文は父の字体と一致したが、
「自宅を長女に」という部分は筆跡がやや整いすぎている。
遺言の一部を“代筆”した疑いまでは言い切れないにせよ、評価としては「不自然な点が複数ある」という結論になりました。
■4 法的整理:遺言Bは部分的に無効となる可能性が高い
遺言Bに不自然な箇所がある場合、
民法第968条の「自書の原則」に照らすと、以下の判断が必要になります。
●筆跡が本人でない部分があると、その部分は無効
ただしその他は有効
●日付の一部が不自然な場合
遺言としての形式を欠き、遺言全体が無効となる可能性
本件では、
日付部分が後から書き換えられた疑いが強い
内容の変更が重要部分に及んでいる
作成時期の健康状態などから真正性に疑義
遺言Aの方が整合性が取れている
→ 遺言Bの成立に疑いがあり、遺言Aが有効と判断される可能性が高い
と整理しました。
■5 家族会議と調整:争わずに着地点を見つける
法的には遺言Aが有効と見るべき状況でしたが、長女としては父から「家を継いでほしい」と以前言われていた記憶が強く、納得できない気持ちもありました。
そこで、専門家としては次のアプローチを取りました。
●① 「法的整理」と「感情の整理」を別に扱う
まず、法律上はAが有効という前提を丁寧に説明。
そのうえで、長女が感じている「言葉としての父の意思」を尊重して協議に反映する道を提案。
●② 母からの提案
「自宅は長女がこれまで一緒に住んでくれたから、相続してくれて構わない」
と発言があり、家族の空気が大きく和らぐ。
●③ 長男へは預貯金・その他財産で調整
遺言Aは「妻がすべて相続」だが、実際には母の生活費を確保したうえで、
自宅:長女
預貯金:母と長男で按分
という“実務的な話し合い”に進むことができた。
結果的に、誰も裁判所に持ち込みたくないという共通認識があるため、
遺言Aをベースにした遺産分割協議で全員が合意 しました。
■6 遺言が複数ある場合に揉めやすいポイント
本件は比較的スムーズに収束しましたが、一般的に複数遺言は争いになりやすく、以下のようなリスクがあります。
●① 日付の近い複数の遺言
→ 作成の経緯が不明確で“どちらが父の真意か”で揉める
●② 追記・加筆のある遺言
→ 「誰が書いた?」という疑念が起きやすい
●③ 介護していた相続人が有利な遺言
→ 他の相続人が「誘導したのでは?」と感じてしまう
●④ 遺言の保管場所が不自然
→ 第三者の関与が疑われる
遺言は本来「争いを避けるため」のものですが、
複数見つかると逆に争いの種になってしまうことがあります。
■7 今回のケースから分かる教訓
●(1)遺言は“最新の1通”がすべて
しかし「形式的に有効であること」が大前提です。
●(2)遺言の管理が不十分だと、家族間トラブルにつながる
金庫・貸金庫・法務局遺言保管制度など、確実な保管が重要です。
●(3)書き換えるときは古い遺言を破棄する
これを怠ったために、本件のようなトラブルが発生します。
●(4)介護者が有利すぎる遺言は慎重に扱われる
実務上、家庭裁判所でも“真正性”が特に厳しく見られます。
■8 専門家が介入すると解決が早くなる理由
今回のケースでは、
遺言の有効性判断
筆跡比較
家族内の調整
遺産分割案の作成
これらを当事務所が中立の立場で行ったことで、結果的に争いを回避できました。
複数遺言は専門家の介入がないと、
家族同士の感情論で泥沼化しやすい典型パターンです。
専門家が入ることで、
法律に基づく冷静な整理
感情面のケア
現実的な解決案の提示
ができ、短期間でまとまる確率が圧倒的に上がります。
■9 まとめ:複数の遺言が見つかったら、必ず専門家へ
遺言が複数見つかったとき、
「新しいものが有効」と単純に決めてしまうのは危険です。
今回のケースでも、形式・筆跡・状況を総合評価した結果、古い遺言Aが有効と判断されました。
複数遺言の場合は、
日付の正確性
筆跡の一致
加筆・修正の有無
作成時の健康状態
遺言内容の合理性
これらを総合的に見て判断する必要があります。
ご家族だけでは判断がつきにくいため、見つかった段階ですぐに専門家に相談することが最も安全です。
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つだぬま相続相談室 行政書士 江川二朗
千葉県習志野市津田沼1-13-24-205
電話番号 : 047-406-5995
遺言書作成を通じて円満な相続をサポート
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